忍者ブログ
素人が高志の昔を探ってみる ~神代から古墳時代まで~

古代、久比岐は出雲を嫌った

反論として、高志に大国主を祀る古い神社があること、妙高市に小出雲の地名が残ることを挙げられると思う。しかしこれらは後の時代の痕跡だろう。延喜式が編纂された平安時代中期は、箸墓古墳の築造から600年も経過している。

古代、弥生時代末期から古墳時代にかけてのことだ。
久比岐の伝承が、奴奈川姫は八千矛と不仲だとしている。

糸魚川市 奴奈川姫の伝説

幾つかの説話は、奴奈川姫が入水して自死したと伝える。大国主から逃れるための自死であると伝える説話があり、大国主に前夫を殺されたと伝える説話もある。
奴奈川姫は八千矛を好いてなかった。

しかし古事記の妻問いの解釈は、奴奈川姫が八千矛に好意を持っていたとする見方が通説である。
対立意見を述べるのにリンクを貼っていいものか迷ったが、相手は教育の権威で、素人のぼやきなど歯牙にもかけないと思うので貼る。

國學院大學 古事記学センター 古事記ビューアー 八千矛②
この沼河日売の歌は、「ことのかたりごとも此をば」という詞章が中頃と末尾に二度見られることから、二首の歌とする見方がある
   ~ 中略 ~
しかし、『古事記』の場合、歌が連続して記される際には、「又歌ひて曰く」などの語が必ず入ることから考えれば、二首に分けられるとは考えがたい
   ~ 後略 ~
それでも私は、これは二首の歌だと思う。
後続部分の歌を読んでほしい。
青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て 栲綱の 白き腕 沫雪の 若やる胸を そ叩き 叩き愛がり 真玉手 玉手差し枕き 股長に 寝は寝さむを あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 ことの 語りごとも 是をば
故、其の夜は合はずして、明くる日の夜に御合為しき。

日が隠れたら、つまりは今夜、ウフンアハンなイイことをできると言っている。
しかしイイことをできたのは明くる日の夜だ。
「青山に~是をば」の部分が発言されたのは、奴奈川姫が「のちは汝鳥にあらむ」と約束した日の翌日の日中でなければ辻褄が合わない。

だから二首なのだ。
分けてしまえば「青山に~是をば」の発言者を奴奈川姫とする根拠は弱くなる。

奴奈川姫は「な殺せたまひそ」と命乞いして、殺されないために「のちは汝鳥にあらむ」と約束させられただけ。ウフンアハンなお誘いなどしてない。
待たされ焦れる八千矛に対して配下の武人が、今夜にはウフンアハンできるんだから早まるなと言って宥めたという解釈も成り立つだろう。

この解釈ならば、古事記の奴奈川姫像は久比岐の伝承と一致する。

「又歌ひて曰く」などの語とやらは、写本するなかで脱落したとも考えられる。
また、男女二人が歌い分けていた可能性もある。二首め前半の奴奈川姫部分を女性が、一首めと二首め後半部分を男性が歌った。歌い手が違えばト書きの説明が無くとも別の歌とわかっただろう。

古事記は暗唱の口述筆記という体裁であり、脱落した段落の有無を証明する手段は存在しない。そんな不確かなト書きの有無より、 歌の文言が示す時間軸のほうが尊重されるべきだと、素人は思う。
* * *
PR