八岐大蛇のくだりは神逐の次、高天原を降ってすぐの出来事として書かれている。
神逐は、九州勢が若狭・越前から出雲勢を駆逐したことを表す。
そこには、出雲勢が若狭・越前で犯した悪事、破壊と強奪と強姦について記してある。
破壊のうち畔や溝を損なうのは、戦場であれば必然ではなかろうか。田に斑駒を放つというのも、戦いで荒れ果てた田に野生動物が侵入したと考えられる。これらは出雲に限らず、何処の戦場でも発生した被害ではないかと思う。
次に強奪。日本書紀の一書第三に、
秋則捶籤 伏馬 凡此惡事 曾無息時
「秋は則ち捶籤(串刺、くしざし、所有権を示す串を他人の土地に刺して奪う)する 馬を伏す 凡そ此の悪事 曾(かつて)息つく時も無し」とある。
しかしこれも、何処の侵略者でも食料や剣や宝物を戦利品にしただろうと思う。
そして強姦。通説は異なると承知しているが、素直に読めばこれは強姦だろう。
而轉 天照大御神坐忌服屋而 令織神御衣 之時 穿其服屋之頂 逆剥天斑馬剥而 所墮入時 天服織女見驚而 於梭衝陰上而死
古事記より。
そして転じて 天照大御神が坐す忌服屋(いみはたや、斎み清めた機殿(はたどの))にて 神の御衣を織ると令す 之の時 其の服屋の頂を穿ち 天斑馬(あまのふちこま)を逆剥ぎ(皮を尾の方から剝ぐ、古代では禁忌)に剥ぎて 墮とし入れる所の時 天服織女が見て驚き 梭(かび、機織の横糸を通す舟形の器具)に陰上(ほと、陰部)を衝きて死ぬ
稚日女尊 坐于齋服殿 而織神之御服也 素戔嗚尊 見之 則逆剥斑駒投入之殿内 稚日女尊 乃驚而墮機以 所持梭傷體而神退矣
日本書紀一書第二より。
稚日女尊 斎服殿に坐す そして神の御服を織る 素戔嗚尊 之を見る 則ち逆剥ぎ(皮を尾の方から剝ぐ、古代では禁忌)の斑駒(ふちこま)を之の殿内に投入れる 稚日女尊 乃ち驚いて機(はた)より墮ち 所持する梭で体を傷つけて神退(かみさる、薨去する)
日本書紀本伝では、天照が驚いて梭で身を傷つけたと記し、表現をやわらげている。
逆剥ぎという禁忌が表す事柄は、生半可ではない凶行とみて然るべきだ。
こればかりは何処の戦場でも起こり得るとは言えない。梭で陰部を衝くという生々しい表現を用いた古事記からは、
そんなニュアンスを読み取れる。
素戔嗚の行動は出雲国の動向を表す。
若狭・越前へ侵攻した出雲軍のなかに、凶行に走った一団がいた。
集団は様々な考えを持つ人間で構成される。
出雲の民の全員が凶行に馴染みはしなかっただろう。嫌悪する者もいたはずだ。彼らは加害国の民だが、被害者の無念を思いやり、さぞや我々を恨んでいるだろうと考えた。そんなときに川が氾濫した。
九州勢により若狭・越前から追い払われて意気消沈していたところに、大規模な土砂崩れが起きて多くの稲田が飲み込まれた。
凶行を嫌う者が、我々を恨む被害者の怨念が災いを引き起こしたと言いだした。
八岐大蛇が多頭多尾なのは、数えきれない御霊がまとまった姿だから。
八岐大蛇の目がホオズキのように赤いのは、悔しさに泣きはらしたから。
そのまま高志の怨霊を恐れていれば良かったものを。
素戔嗚は八岐大蛇を切り刻む。
怨霊など恐るるに足りぬとばかりに勝ち誇る。
出雲は再び野心を高志へ向けた。
しかし丹波と山陽を九州勢が押さえ、出雲を包囲している。真向から勝負しても勝てない。そこで、その九州勢を相手に上手く宗像地方を掠め取った手段を採用した。
古事記が記す「妻問い」である。