兄磯城=天稚彦、弟磯城=味耜高彦根
日本書紀の神武東征(※)で、神武は兄磯城に頭八咫烏を遣わすが、兄磯城は「烏鳥若此惡鳴耶(烏鳥は此の若く悪しく鳴く耶)」と言い、弓で射ようとする。
このエピソードは国譲り(※)の天稚彦に似ている。
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日本書紀の神武東征(※)で、神武は兄磯城に頭八咫烏を遣わすが、兄磯城は「烏鳥若此惡鳴耶(烏鳥は此の若く悪しく鳴く耶)」と言い、弓で射ようとする。
このエピソードは国譲り(※)の天稚彦に似ている。
神武東征に登場する4つの坂(女坂・男坂・墨坂・忍坂)は、近い位置にある。
額面通りに奈良盆地を舞台と解釈するのではなく、倭国大乱に準えて西日本の広範囲に戦場を求める場合にも、この4つの坂は同じ方面にあると考えていいだろう。
古事記は、国見岳の八十梟帥を記さない。高倉山の物見も、女坂男坂墨坂も、丹生川上の祭事も記さない。代わりに忍坂で道臣が討った敵の名を「土雲の八十建(※)」と記す。