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素人が高志の昔を探ってみる ~神代から古墳時代まで~

諡「タラシ」の意味

世代表
「タラシ」がつく諡
  • 06 孝安 日本足彦国押人天皇
  • 12 景行 大足彦忍代別天皇
  • 13 成務 稚足彦天皇
  • 14 仲哀 足仲彦天皇
  • 14.5 神功皇后 気長足姫
  • 34 舒明 息長足日広額天皇
  • 35 皇極 天豊財重日足姫天皇(37 斉明)
  • 44 元正 日本根子高瑞浄足姫天皇

【足】
肉体の足や「足りる」を示すほか「足す」の意もある
足恭、補足など

【帯】
帯状の形を示すほか「伴う」の意もある
帯同、付帯、連帯など

本筋にあたる皇統の流れは「垂仁→応神(誉津別)→仁徳」
そこへ添えて足したのが「景行・成務・仲哀・神功」
「タラシ」の諡を持つ天皇の御代には血統的あるいは実力的に、もっとふさわしい人物が存在したのではないか?

孝安[6]

母系先祖は葛城氏(天孫本紀)、同母兄天足彦国押人は和珥氏祖
おそらく葛城氏と和珥氏をつなぐ存在
想定される在任時期は皇后が葛城氏から和珥氏へ移るあいだか?

仁徳皇后 磐之媛 葛城氏(八田皇女 和珥氏)
履中皇后 草香幡梭皇女 一説に日向泉長姫の子(幡日之若郎女)と同一
   反正は皇后の記述なし
允恭皇后 忍坂大中姫 河派仲彦の孫(曽孫)
安康皇后 中蒂姫 履中皇后・草香幡梭皇女の子
雄略皇后 草香幡梭姫皇女 日向髪長媛の子
   清寧は皇后の記述なし
顕宗皇后 難波小野王 磐城王の子、吉備稚媛の孫
仁賢皇后 春日大娘皇女 和珥氏

日向勢が権勢を振るっていた履中~顕宗のころが孝安の御代か?

履中6+反正5+允恭42+安康3+雄略23+清寧5+顕宗3=87
孝安102  :102-87=15 15の意味は不明
仁徳87

舒明・皇極

蘇我馬子・蝦夷が権勢を振るっていた
母系先祖的に、伊勢の一豪族の娘から生まれた舒明の即位は不自然
実際には即位してないのに天智天武の親だからと嘘の天皇即位を書いたのでは?
蝦夷が推挙したというが、伊勢周辺のまとめ役に選出されたことを、さも天皇位に推されたかのように書いたのでは?
乙巳の変より前だから皇極も天皇ではなかったのでは?

斉明

乙巳の変のあとだから即位していてもおかしくない
同一人物だから、皇極としての嘘を示す「タラシ」がつく

元正

歴史書的には聖武が本筋
だが、聖武より元正のほうが母系の血筋がよい(蘇我姪娘の女系の孫)
元正に「タラシ」を付与したのは女性であることや藤原氏と縁遠いことが理由か?
治世当時の認識としては聖武のほうが「タラシ」にふさわしかったのでは?

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