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素人が高志の昔を探ってみる ~神代から古墳時代まで~

一般的な現代語訳に対する疑義:仁徳紀

仁徳紀 仁徳30年11月
時 皇后令奏言 陛下 納八田皇女為妃 其 不欲副皇女而為后 遂不奉見 乃車駕還宮 天皇 於是 恨皇后大忿 而 猶有戀思

時 皇后は言を奏さ令める 陛下 八田皇女を納め妃と為す 其 【不欲副皇女而為后】 遂に奉見せず 乃ち車駕は宮に還る 天皇 於是 皇后を恨み大いに忿る 而 猶も恋しき思い有り

【不欲副皇女而為后】

一般的な現代語訳における磐之媛の発言は「八田皇女を副えて后と為るを欲さず」らしいが、ニュアンスが違うんじゃなかろうか

これが「皇女を副えるを欲さずして后と為す」と読むなら「(陛下は)皇女を副える(立場にする)ことを欲さないから后にするでしょう」という意味になる

磐之媛は皇后の地位から落とされることを危惧したのでは?

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