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素人が高志の昔を探ってみる ~神代から古墳時代まで~

一般的な現代語訳に対する疑義:仁徳紀

仁徳紀 仁徳30年11月
時 皇后令奏言 陛下 納八田皇女為妃 其 不欲副皇女而為后 遂不奉見 乃車駕還宮 天皇 於是 恨皇后大忿 而 猶有戀思

時 皇后は言を奏さ令める 陛下 八田皇女を納め妃と為す 其 【不欲副皇女而為后】 遂に奉見せず 乃ち車駕は宮に還る 天皇 於是 皇后を恨み大いに忿る 而 猶も恋しき思い有り

【不欲副皇女而為后】

一般的な現代語訳における磐之媛の発言は「八田皇女を副えて后と為るを欲さず」らしいが、ニュアンスが違うんじゃなかろうか

これが「皇女を副えるを欲さずして后と為す」と読むなら「(陛下は)皇女を副える(立場にする)ことを欲さないから后にするでしょう」という意味になる

磐之媛は皇后の地位から落とされることを危惧したのでは?

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改訂:時系列図

〇 天足彦国押人は孝安[6]の兄、姥津命は開化[9]の妃 姥津媛の兄
つまり開化[9]は孝安[6]の次世代になる

新撰姓氏録 皇別
摂津国 皇別 羽束首 首 天足彦国押人命男彦姥津命之後也

〇 孝霊[7]の黒田庵戸宮の真東に西殿塚古墳(3世紀後半築造)がある
西殿塚古墳を造営し敬う勢力が孝霊[7]の実体ではないか

日本書紀 孝霊[7]紀 冒頭
大日本根子彦太瓊天皇 日本足彦国押人天皇太子也 母曰押媛 蓋 天足彦国押人命之女乎

時系列的に、天足彦国押人の弟である孝安[6]より孝霊[7]のほうが前であるため断言できず、蓋としたのではないか

〇 欝色謎(孝元[8]皇后)─ 大彦 ─ 御間城姫(崇神[10]皇后)─ 垂仁[11]
よって垂仁[11]の女系先祖は穂積氏

〇 大荒田(邇波県君)─ 玉姫 ─ 金田屋野姫 ─ 仲姫(応神[15]皇后)─ 仁徳[16]
仁徳[16]の女系先祖は尾張氏とはいえない

応神40年、応神は菟道稚郎子の立太子に前向きでない大山守を遠ざけ、容認する大鷦鷯(仁徳[16])を太子補にした
応神崩御、大鷦鷯に即位を促し菟道稚郎子は自害する
仁徳[16]より菟道稚郎子のほうが正当な血筋であることを示す物語か

日触使主 ─ 宮主宅媛 ─ 菟道稚郎子・八田皇女(仁徳[16]皇后(2))・雌鳥皇女

仁徳40年、雌鳥と隼別の夫婦はミソサザイよりハヤブサのほうが優れると言って仁徳を貶め、怒った仁徳の差し向けた阿俄能胡らに誅殺された
仁徳[16]と隼別の血筋に優劣がないことを示す物語か

嶋垂根(桜井田部連の祖)─ 糸媛(応神[15]妃)─ 隼別皇子

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